(夫になる人は)
笠商をでて、大阪へ勤めとった。
あの頃は浜口内閣で・・・今といっしょで、仕事がなかった。就職がなかった。一番不況で。
浜口内閣ゆうたらいちばん不況の時じゃった。
大阪へいって、それから(自分でやめて)帰って。兵隊の志願兵になった。下士官兵へ志願していった。
職がないから。自分で志願して。それで曹長までなって。
そうしょうたら「危ない、やめい」言ぅて(親が)、やめた。
そうしょうたら安田さんゆうて笠商でて、農産公社の課長さんまでなった人が「兵隊おったら危ない、うちへ来い。」ゆうて誘われてはいった。
そこで農産公社の経理でずっとしょうた。
それで私が嫁に行く時にゃぁもう兵隊辞めてそこに勤めとった。
もう29じゃって、親が「嫁をもらわにゃあいけまぁが。」ゆうたらしい。
既に当時、おじさんが満州で仕事をしていたという事は。
結婚の相手をさがす・決めるために日本に帰ってきたのでは?
どうも、そうらしかった。
後で聞いたとこでは私と同じ時に見合いを3人している。つづけてずっと。

女学生の時・昭和13・14年頃か?
2002年4月30日