作者が子供の頃、葡萄はキャンベルが多かった。畑から収穫した葡萄は自宅で粒の白い粉が落ちないように選定して傷もの粒を落としていた。落とした粒は自宅で葡萄酒の製造を行っていた。当時田舎は自給社会で、それが違法行為であるとかいうまえに毎年の当然の行為であった。
さんこんま以上作ったら違法じゃた。
そしたら家にまで見に来た。台所まで入ってきてのぅ。
隠しとったんじゃが、そしたらおじいちゃんが飲むけぃええていたら、それが見つかって罰金取られて,3000円じゃったかのう。取られた。
飲んだやつを調べて見られて。
ウチがやられる、はるおさんかたがやられる。
税務署が来てみなしらびょうた。なんぼかぶどうをつる家にはみな行った。
高度経済成長前夜の頃、昭和35・36年と思える。それから葡萄酒の”密造”は無くなった。
2000・10・8