| 村岡ダブルフルウルトラランニング完走レポート!
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村岡ダブルフルウルトラランニングは、兵庫県北部の山間(旧村岡町、現香美町)で行われる大会で、今年が第9回目の開催となる。4年前ウルトラマラソンに興味を持った時からずーっと気になっていた大会である。始まった当初は88kmと44km部門だけだったが、数年前から100km部門が追加になった。何故気になっていたかというと、割と近場であるのと、そのコースのタフさ、過酷さが評判だからである。その厳しさは日本屈指の山岳ウルトラと紹介されている。ウルトラに挑戦すること自体過酷さへの挑戦であるため、より過酷であれば興味をそそられて当然かもしれない。尚、88kmなのに何故ダブルフル?という疑問は未だに解決していない。 コースのタフさを考慮すると、100km(制限時間14時間)はかなりの走力が必要と思われるため、今回は88kmの部(制限時間は同じく14時間)にエントリーした。 前夜祭 大会は9/3の日曜日。例年は9月末なのだが国体開催の影響で今年は、9/3になったとのこと。コースのタフさに加え、暑さとの戦いも避けられそうにない。 前日の土曜日(9/2)、午前中仕事したあと、受付及び前夜祭の会場となる村岡体育館に向け出発。高速を通り約4時間弱かかった。前夜祭が始まる直前に受付を済ませ、早速前夜祭会場へ。 前夜祭は、司会者の『おかえりなさーい!』で始まり、町長をはじめとする主催者側の挨拶があり、続いて但馬太鼓の演奏披露。これはなかなか見応え、聞き応えがあった。 そのあとしばらくの飲食タイム(食べ物はあっという間に底をついた)があり、締めはもちまき(恒例となっているそうである)。最初はなかなか取れなかったが、徐々にコツをつかみ10個近くゲットした。番号が書いてあれば当たりで景品と交換できるのだが、残念ながら番号は書かれていなかった。 僅か1時間あまりの前夜祭であったが、主催者側の盛り上げたいという工夫が感じられる前夜祭であった。 前夜祭終了後は、ビールと弁当を買い込み、スタート地点(兎和野高原野外教育センター)近くの駐車場で車中泊。 空は満天の星、あまり暑くならなければよいが.... ゼッケン 村岡ダブルフルのゼッケンは少し変わっている。普通のゼッケンは、大会名とナンバー、そしてスポンサー名が書いてある程度。ところがここのゼッケンには“なまえ”と“住所”を自分で記入できる欄が大きく設けてある。もちろん、普通に書く人がほとんどだが、ニックネームや所属など自分を表現できる内容を自由に書いて良い。僕は、名前欄にひらがなで“むらた”、住所欄に“広島県福山市”とフツーに書いた。 実際に走ってみると、ゼッケンを見るとどこから来た人か一目で分かるので非常によかった。それをネタに話しかけたり、話しかけられたりが度々あった。福山消防の人とは4人ほど話をしたし(今回福山消防からは6人が参加されていた)、福山からということでと言うことで話しかけられたりもした。 スタート AM3時起床。6時間前後しっかりと睡眠がとれた。 準備を整え、約700m離れた兎和野高原野外教育センターへ向かう。何回か排便を試みたがなかなかすっきりしない。トイレで順番待ちしている時、隠岐で同宿、同部屋だった大阪の蔵本さんに会う。蔵本さんは本大会100kmのコース記録をたたき出しており、今回も優勝候補筆頭であろう。 (ゴール後、確認したところ本当に優勝していた。すごい人だ) そうこうしているうちにスタート時間が近づく。突然花火がうちあげられた。昨年までゴールであげていた花火を、今年はスタート地点であげるよう変更したらしい。しかし、目の前に大きな木があってよく見えなかった。残念。そして、再び但馬太鼓の演奏があり、いよいよスタート。 前半 スタートは88km、100km同時だ。ゴール地点、制限時間も同じ。コース途中、100kmコースのみ走る区間が12km設定されている。スタート後、ハチ北高原スキー場に向かってしばらく登った後、ハチ北温泉街を下っていく。温泉街ではまだ早朝にもかかわらず、多くの人が応援に出ておられ、宿泊選手の名前が張り出されていたりして大変賑やかだった。朝早くから応援して頂いて、本当に感謝・感謝である。しばらくして、88キロと100キロの最初の分岐点があり、88キロは左へ、100キロは右へ向かう。分岐点で周辺ランナーのほとんどが右へ行き、急に寂しくなった。来年は俺も100kmコースへ行きたくなった。 15km付近のエイドでトイレに行き、すっきり排便した。よし、これからだ! ここでトップ集団とすれ違う。3位くらいに位置していた蔵本さんを見つけ、軽く応援の声をかけた。 第一チェックポイント(29.3km)を過ぎ、熊避けのスズを受け取り、いよいよ標高差700mを一気に登るコース最大の難所であり、最大の魅力のひとつである噂の蘇武岳に向かう。(コースを良く把握していなかったので、登り途中で会話した人からここが蘇武岳で有ることを知った。それまでは蘇武岳はレース後半にあるものと思いこんでいた) 途中比較的勾配が緩い箇所で少し走ったりもしたが、長くは続かず、ほとんどが歩きになってしまったのは仕方がないだろう。徐々に標高が高くなるにつれ周辺の山々の景観も徐々に素晴らしくなっていく。 No.251 村田克浩 きつい坂の途中には、恒例となっている選手ひとりひとりの名前とメッセージが書かれた木札が立てられていた。ゼッケン順になっているため自分の木札はすぐ見つかる。徐々に自分の番号が近づき、どんなメッセージが書かれている楽しみになってきた。そしてついに見つけた。 『No.251 村田克浩 初出場 最後まで楽しんでください』 短いメッセージだが、主催者側の苦労・工夫が感じられる。最後まで楽しもう。 このあたり、天気はくもりがち。頂上前後では一時小雨も降り、助けられた。蘇武岳が晴天と曇天では大違いである。 坂また坂 蘇武岳頂上で約40km。ここから長い長い(約13km)下りが始まる。終盤の下り勾配はかなり急だった。下りきったら再び登り。この登りの勾配はきつく感じた。距離は短く2km前後だが下った直後であったからかもしれないが、コースで一番の急勾配に感じた。 登り切ったらまた急な下り。本当にジェットコースターのようなコース設定だ。太股、足首、膝、足の指先、何れも悲鳴を上げていた。少し前から痛み止めのためアスピリンを飲み始めていた。 射添エイドステーション 59km地点が荷物を預けることができ、第三チェックポイントでもある射添エイドステーション。 少し前から足の指先の痛みが気になっていた。下り多く急なので指先に負担がかかり爪下が内出血しているようである。靴を脱いでしばらく休む。 15分ほど休憩して再出発。あと29km! 但馬大仏 射添エイド直後、世界最大級の木造仏(但馬三大仏)が安置されている長楽寺へ。寺の前を通るだけかと思っていたら、なんとコースは長楽寺の中の木造仏を周回する設定となっていた。すごいコース! 木造仏をカメラに納めて長楽寺をあとにした。 後ろ向きに走る! 徐々に足の指の痛みが深刻化してきていた。平地や登りはなんともないが、少しでも下りになると痛い。その痛みは下りの勾配に比例しているようである。ある急な下りで前を行くランナーがこっちを向いて走って(歩いて)いた。下りで前を向いて走ると膝等がきついため、それを避けるために後ろ向きに進んでいるのだと直感した。なるほど!目からうろこの感じがした。 早速自分も試してみた。すごく楽に進むことができ、これは使える!っと思った。 前のランナーに追いつき、新しいテクニックを教えてくれたお礼を言った。 その方曰く、 『周りの目もあるので少し勇気がいりますけどね!』、確かに。 『いつもと違う筋肉を使うので、変な筋肉痛になりやすいですよ』、確かに。頻繁に使うのは良くなさそうである。 その後、急な下りであまり人目が無いポイントで何回かこの技を使わせてもらった。 ラストスパート あまりのアップダウンの激しさに足の指をやられ、ペースはあまり上がらなかったが、残り4kmを切ったところからペースが上がってきた。 特にラスト2kmはキロ5分30秒前後で走り、前を行くランナーを気持ちよくごぼう抜きした。 ゴール!! ゴールは村岡小学校。ペースをあげたまま気持ちよくゴールイン! ゴールタイムは12時間27分02秒。 来年も!? この大会、コース設定は非常におもしろい。序盤のハチ北温泉街、本当につらくて長いがその景観が素晴らしい蘇武岳、お寺の中を周回するコース設定、とにかく平坦な道がないジェットコースターのようなコース、何れもくせになりそうである。エイドの充実ぶりもなかなかのものである。ただ、流しそうめん等100kmコースにしかない名物が楽しめなかったのは少し残念。エントリーしていないのだから仕方ないが... 暑さは以外と気にならなかった。予報では晴天だったが、比較的雲が多かったことと、水分補給を序盤から十分行ったのが良かったのだろう。 今回、無事88km完走できたが、やはり100kmを完走したいという気持が強くなった。今回のペースのまま100km完走するためには、残り12kmを1時間30分程度で走る必要があり、これは非常に厳しい。 ただ、今回は足の指が最もネックになってペースが上がらなかったが、太股や膝の疲労はまだ極限状態ではなかったように感じているため、足の指対策(シューズの見直し、走り方見直し、下り走り込み等)を行えば、もっと早いペースで走れるはずだ。 対策と練習を重ね、来年は100kmに挑戦したい。 |